124.『アパレシーダ文書』に、聖霊がその無償のイニシアティブをもって民間信仰において広げる豊かさが描かれています。その愛すべき大陸では、大勢のキリスト者が自分の信仰を民間信仰を通して表現しているのですが、司教団はこれを「民間霊性」あるいは「民間神秘主義」とも呼んでいます[103]。これは本物の「素朴な人々の文化に受肉した霊性」[104]のことです。内容は空っぽなのではなく、手段的理性の使用よりも象徴的方法でこれを見出し、表現するのです。そして信仰の行動においてはcredere Deum(神について信じること)よりもcredere in Deum(神を信じること)の方によりアクセントが置かれているのです[105]。これは「信仰を生きる正当の方法、教会の一部であることを感じる一様式、宣教者であることの一形態なのです」[106]。自分から出ていき巡礼の歩みをするという、宣教者性の恵みを内包しているのです。「ともに聖地に向かって歩き、自分の子どもたちをも連れていき、他の人々をも招きながら、民間信仰の他の表明の仕方に参与することは、それ自体福音宣教の仕草なのです」[107]。わたしたちがその宣教の力を制限することもコントロールしようとすることもないように!
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