2013年12月19日木曜日

56 第二章、共同体的献身の危機にあって>I. 現実の世界のいくつかの挑戦>金銭という新しい偶像に否を



56.わずかな人々の収入が指数関数的に増えていく一方、ほとんどの人の収入はますますその幸せな少数の人々のよい暮らしからは程遠い所に残されています。このアンバランスは財政市場と財政投機の絶対的自律を守ろうとするイデオロギーからきています。そこから、共通善のために監視をする担当である、国の抑制の権利を否定するようなことになるのです。その法律と決まりを、一方的で容赦ない仕方で課す、しばしば仮想の、目に見えない新たなる専制が確立されます。しかも、債務とその利息は国々を経済的な実行可能な可能性から引き離し、その市民を実質の購買力から遠ざけるのです。これらすべてに、世界的次元を仮定する、分岐された汚職と利己的な脱税が加わります。権力と所持の渇望は限界を知りません。このシステムにあっては、利潤を増加させるためにすべてを巻き込む傾向にあり、環境などのように、脆弱なものなら何でも、絶対的なルールとなってしまった、神格化された市場の関心を前に無防備になっているのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿