2014年6月4日水曜日

201 第四章 福音宣教の社会的側面>II 貧しい人たちの社会的包含>神の民における貧しい人々が優待される場


201.だれも、自分の人生の選択は他のことにより多くの意識を向けることにあるのだから貧しい人たちとは距離を置いていると言うようなことはあってはなりません。これが学問や商売、専門職、しかも教会の環境でしばしばなされるいいわけです。むしろ一般的に、信徒特有の召命と使命は、人間の全活動が福音によって変えられるようにとする地上のさまざまな現実の変革にあると言うことができます[171]。だれも自分を貧しい人々や社会正義への憂慮に関して例外であると感じることはできないのです。「霊的回心、神と隣人への愛の濃厚さ、正義と平和のための熱心、貧しい人々と貧困の福音的意義というのは、すべての人に求められているものです」[172]。わたしはこうした言葉が本当の実践を引き起こさずにいくつかのコメントの対象に過ぎなくされてしまうことを恐れています。それでも、キリスト者の開きと良い心構えにわたしは信頼しています。そしてわたしは皆さんにお願いします。この刷新された提案を受け入れるための新しい歩みを共同体として探し求めてください。


[171] 提言 45参照.
[172] 教理省『告げ知らされた自由』(198486日), XI, 18: AAS 76 (1984), 908.

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